「斬羅鬼」創作ノート 投稿をはじめるにあたって

初回は、『斬羅鬼 -ZARAKI-』にどうしてわざわざ「対訳」と「解説」まで付けて『新訂版』なんて出そうと思ったのか、そこに関係する話を書きたいと思います。
その後、不定期投稿で、今もほそぼそと書いている、『新編』というか『もともとの本章』というべき『斬羅鬼 -ZARAKI-』続編を制作していく上での勉強内容や言葉の話などのノートを、少しずつ公開してゆこうと思っています。―――あまりにゆっくり制作を進める自分への、ちょっとした緊張になれば良いなと思いまして(^^;


オリジナル版『斬羅鬼 -ZARAKI-』のシナリオは2005年に構想し始め、本格的に書き出したのは競作として同年の後半になってからでした。しかし競作者が病気でダウンしてしまうなどして事後を託されるような形となってしまい、同じ年の12月頃にはおおやぎが引き受けて全文を思い切って書き直すような恰好となりました。最大の理由が、文面が違いすぎるので競作状態のままでは整合性がとれないことでした。明けて2006年1月にかけてシナリオは完成し、ソフトは2006年の4月に公開することができました。
この時、実はすごく迷ったのです。競作者の書く文章が好きだったので、できれば書き上げて欲しかった。けれどご病気があって少し悪化させられ、「ゴメン、家族に療養しろとうるさく言われている」とされては、「ダメ、書いて!」…とは言えませんでした。
構想からすれば長いわけですが、実際に競作したのは数カ月でした。その間、最大としても違いない話題は、内容のことよりも「言葉遣い」のことだったのです。内容については両者ともに十分に意気投合していたのでそれほど意見を交わす機会はなかったのですが、それを実際のテキストにしていく時、

「どこまで古語にこだわり、平安時代末期、その当世風の会話にするか」

これについては、よく話し合いました。で結果を大雑把に言えば、50vs50で、意見は合致半分・相反半分でした。
おおやぎは、そもそも古典も漢語も古語も好きで個人的にも勉強したり研究したりのことでしたから(そのうえ、辞典マニア)、古語などにかなりこだわりました。もう一方は常はアクション劇画の原作などをしている人間だったので、「言い回し」や大人っぽい「言葉運び」はとても大事にされましたが、古語の表現を前面に出すのには基本的に反対の立場でした。もう何度何度、「どうして難解にするんじゃ」と言われたことでしょうか。

「難解にすることが目的じゃないですよ、言葉は空気感です」
「それらしい難しいことを並べればてゆう学者気取りと一緒じゃ」
「脚本じゃ、別にいちからじゅうまで事情をくみ取ってもらう必要はないでしょう」
「だからって空気感で煙に巻いてはなあ…」

ずっとこんな調子で平行線でした。そんな二人が競作なんてどうにかしていると言われそうですが、作劇についての意見の相違などはそれほどになく、本当に「言葉遣い」をどうしようか、両人とも本気で悩んだものでした。

平安時代の古典風に書くと、たとえば、こうなります。

「花が散れば、覚めません、何をするのか、思います」(現代語で書きますが)

どうでしょうか、「花が」を除いて、あとは主語が何なのかまるでわかりません。この例はやや和歌を意識したものですが、当時はおそらく、主語が何であって何を言おうとしている言葉なのか―――「その空気が読めないなんて無教養だわ」ということだったようです。

上記の例でいけば、「花が散れば」は季節感なり時勢です、実際に何の花が散った頃なのかは“お互いに知ってるだろ”ってなものです。「覚めません」は「私の」「夢は」くらいの意味。「何をする」のは相手のことなりここの会話で対象となっている第三者のことでですね。そうして「思います」の主語は「私」です。
さらには、「花が散れば」の本意を、「季節が変わったというのに」と受け取るか、「時間は待ってくれないのに」と受け取るかも、はっきりしません。「覚めません」も、「ずっと恋の魔法にかかったままだ」なのか、「あいかわらず考えがはっきりしない」なのか、それもわからない。

…あまりにも曖昧すぎて、現代の我々には難解すぎる、意味がない!

けれど、まったくもってその情意が理解できないかと言えばそうではない!


競作者は前者の立場をとり、おおやぎは後者の立場をとったわけですね。


もうひとつ、これは後の投稿に1トピックをあてて書きたいと思いますが、特に悩んだのが「一人称」でした。

主人公である裏検非(うらけび)の3人衆は、それぞれ、雪之丞が「私(わたし)」、華艶丸が「俺(おれ)」、影郎が「儂(わし)」と言います。
これは実は競作者の案で、おおやぎは「一人称自体を使わない」案を強調していました。この時代、公文書はともかく、日記に関しても、一人称も二人称もほとんど使わないのが常でした。おそらくですが、会話ではまったく一人称も二人称も使わなかったはずです。そして、どうしても使うとしたら「我」しか使われなかった。「我」の読み方は「わ」が一般的です。発音は「わ」ないしは「あ」です。「あ」には「吾」の字が当てられることもありますが、当時の和語の上では厳密な区別はありません。
とにかく、こういう事実がある以上、「一人称も二人称も使わないことにしましょう!」と主張したのがおおやぎでした。
―――と言ってみたところで、今の形の日本語に慣れた読者にとって(そして我々作者にとっても)、「そんなことが可能なものか!」と思われましたし、実際に書き始めると…無茶でした。ここについての詳細や次作への研究ノートは、また次回にでも…。
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by genmuki | 2012-02-23 02:19 | 創作ノート 「斬羅鬼 -ZARAKI-」
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