シナリオ小話 第34回 シャレード(2)

前回からの続きで「シャレード」について見ていきたいと思います。
前回は「シャレード」についての理解を助けるため、歴史的な演劇と映像の進歩についてまとめてみましたが、おさらいしますと、脚本技能を論じる上での「シャレード」とは、セリフを用いずに何かを表現し視聴者にそれを理解させる/感受させることの総称です。
とっても大事な分野で、以前からボクも後輩・部下・知人含め周囲の脚本に携わる皆さんに「シャレードで表現することが重要だ」と力説してきた立場ですので、何回か連続で掲載していきたいと思います。これまでも連載の内容とたくさんかぶることも出てきますが、大事なことについては何度考えてみても考えすぎることはないと思いますので、よろしくお付き合い下さい♪

さて、「シャレード」の具体論の第1回目として、「動作」を取り上げてみたいと思います。拙連載「小物と動作」でも扱いましたが、「小物」については次回予告! 今回は「動作」です。

そもそも、「シャレード」とは“セリフを用いずその他の要素から作劇すること”ですから、劇は「セリフと動作」から成り立っていることを考えれば、実に「今さら何をいうか」というくらい基本的なことです。
前回も書きましたが、映像では一定のものをズームアップして画面一杯に映すことができますから、俳優の表情だけでなく、手の先から足の先まで、いかなる部分をも視聴者に見せることができます。漫画やアニメなどでも同じことが言えます。

いくつか例を挙げていくのが分かりやすいでしょう。

まず、コミカルな表現でよく見られる、3人で会話している時に「テーブルの下で隣の友人の足を踏む」表現。「そっと脇の下をつねる」でも似たようなものでしょう。
この演技は、セリフで表現すれば「おい、今それを言うな!」とか「なんてこと言い出すのよ!」といった戒めの意味合いを持つことになります。それをセリフで言わずにこうして動作で表現することによって、単にセリフで言った場合より、さらに生き生きと『この場でそれについて言及して欲しくなかった』人物の心情が強く伝わることになります。あるいは、第3の人物の前では愛想笑いしている人物の実際の感情を表現するなど、セリフで「それを言うな」とやるよりは面白い効果を生みます。

時代劇、挑戦状を受け取り、いよいよこれから果たし合いへ出かけようという覚悟のシーン。
主人公は辺りが暗くなるまでじっと部屋の中で正座して精神集中していた。遂に時間が来たようである。ときて・・・
―――セリフで「では行って来る!」と叫で刀を拾い上げる
よりは、
―――黙って刀を拾い上げ腰に差す、じっと自分の手を見つめる
このような演技にした方が、無言であることから視聴者の想像をかきたてます。また、「じっと手を見る」箇所ではカメラが彼の手を映すでしょうが、その際、それがタコだらけの汚い手であれば、まさに彼が刀の道を一筋に生きてきたという人生の重みが伝わるかもしれません。

もうひとつの例を挙げます。これは新井一先生の著書の中に紹介されている例です。
口では「あなたのことなんか好きャしないわ」なんていう女性が、「あ、ちょっと待って」と男の背に近付いて、肩に付いた小さなほこりを取ってやる、というものです。本当に好きでもない男の服に付いているゴミを目ざとく見付けて取ってやる女性なんてものはいませんから、こういう「裏返しのセリフ」と「動作」の組み合わせは、まさにドラマの妙を感じる一例ですね^^

刑事番組などでも、渋い警部なりの主人公は、「おい、行くぞ!」と口で言う代わりに、立ち上がって椅子に引っ掛けていた上着を勢いよく羽織ったりします。別に室内が寒いから羽織り直したわけじゃないということは、ほとんどの視聴者がわかっています。
犯罪アクション映画などで敵のアジトに踏み込んだ先での銃撃シーン、サッと物陰に隠れた主人公刑事はその場でリボルバー拳銃のリボルバーを横に外して残弾を確認したりします。「あと何発あるんだ」とか「残り2発で勝負を決めなきゃ」と口に出して言いません。喋ってしまうと居場所がバレてしまいますからね(笑)。この刑事の『残弾を確認する』という動作は、視聴者に今後の展開への緊張感や覚悟を与えます。それはそのまま、この主人公の心情です。危険な現場だからこそ慎重になるし、残弾が少ないと覚悟も決めなければなりませんから、いよいよ物語はスリリングな方向へ向かいます。
時代劇の一騎討ち、相手の最後の太刀に対してわざと自分の刀を引っ込めて敗れる武士。「貴様、なぜ!」「何も言うな。うぬの勝ちじゃ」と来る。こういう場合に「もうよいのだ。儂は負けてやるぞ」と口に出すのは論外でしょうし、動作を描写する以外にこの心情なりドラマを正確に伝える術はありません。

拙連載「無言」の回にも述べましたが、おおよその「無言」は、脚本上では「間をとるという演技」と解釈できます。その上で、無言で拳を握り締める、無言で見つめる、無言で顔を背ける、といった風に、「無言」を選択した時には、セリフの代わりに画面には何が映されるのかをきちんと脚本上で想定するべきです。
(繰り返し作法論になりますが、全ての演技を事細かに脚本に記す必要はありません。ドラマや人物の心情が大きく変わると思われる部分は脚本家が間違いなく記すことにし、それ以外の細かい部分は演出さんや監督の采配として支障がないでしょう)

重要なことなので何度も繰り返しますが、「シャレード」とは“セリフを使わずに心情や情景を説明する技法”のことです。
コミュニケーション論では、人間のコミュニケーション要素のうち、言語内容は2割にも満たないと言われています。残り8割を非言語コミュニケーションと言い、さらにこの残り8割の半分以上を占めているのが「見た目」「動き」「身振り」等の視覚情報だと言われています。
また別の分野では、会話中の人間は会話する相手の手や目や足や肩といった部分に「動き」がある瞬間、自動的にそこに視線を移し思考や意識の大半をその動きに向けるとの研究結果が出ています。
―――このような人間のコミュニケーション能力の特性を考えた時、主に言語コミュニケーションである「セリフの内容」によって表現される部分は、映像ドラマのほんの一部分であることが理解されます。逆に言えばそれだけ「シャレード」が重要だということであり、また、「動作」から心情を汲み取るということが何ら特殊な能力ではないことが知れます。
「○○○の動作(表現)から×××という心情(主題)を読み取ってもらえるだろうか」と脚本家はいつも不安です。ボクもいつも不安でたまりません。(苦笑) ・・・しかし勇気を振り絞って「シャレード」にすべきです。セリフに逃げることはいけません。


※補足
上述で「セリフ」を「主に言語コミュニケーションである」としましたが、厳密にはそうは言い切れません。なぜなら「セリフ」は言語的な意味合いの他に、非言語分野の音声要素を持っています。これは音量や音低、その変化や抑揚等のことを指します。ここではコミュニケーション論の詳細は省きますが、脚本家には学ぶ見返りの大きな研究ですのでいつか紹介してみたいですね★
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by genmuki | 2008-05-14 18:56 | シナリオ小話
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