シナリオ小話 第49回 カメラを知る1

しばらくシナリオの基礎技術とは違う路線が続いたので、今回は基礎的な話に戻りましょう。
今回は「カメラを知る」と題して、ごくごく基礎的な映像と脚本とカメラの連動について考えます。長くなりそうですので数回に分けますが・・・

そもそも「映像脚本」は、映像化されることを前提に書く台本であり設計図・デザイン画です。
同じ「脚本」を要する娯楽作品には「演劇」と「映像」がありますが、では、「演劇」と「映像」の最も大きな違いは何か?
―――それは、テレビなりスクリーンなりの、限られた虚構の「四角い窓」から見るということです。あまりに当たり前のことですが、映像脚本についての考えはここから始まらねばならないと思われます。
簡単に言うと、映像では「ズームアップ」や「パン」が可能で、現実離れした虚構の「視界」をシミュレートしているということです。映像にすることで宇宙だって見せられますし、顕微鏡の中だって覗けます。

このこととは別に、前に紹介した新井一先生やマリオン女史の著書にも、シナリオライターは必ずしもカメラの指定を微に入り細に穿ち脚本に記すべきではない、とされています。
これは、実際のシナリオの中に「F・O」(フェードアウト)だとか「横パン」だとか「空をグルリ右周りに映して」だとか、そういった記述をしなくても良いですよという話であり、脚本家というものがそもそもカメラの性質を知らなくて良いと言っているのではありません。
このことを前置きした上で―――

今回は最も基礎的な、ともすればほとんどのお人が「そんなの当たり前だ」と思っている映像の基本的なカメラワークについて紹介します。
このカメラワークについては、映画やテレビの映像はもちろん、最近とみに3D化の激しいゲームや、あるいは連続する画であるという意味では漫画の世界にも共通するものだと思います。

◆ズームアップ
最も基本的なカメラ技法であろうと思われる「ズームアップ」ですが、最も基本的ゆえに脚本家はこのカメラワークを完全に理解しておく必要があります。「寄り」とか「寄せ」、あるいは単に「ズーム」「カメラを近付ける」等とも言います。
「ズームアップ」の効果には様々なものがありますが、
・人物への注視:AさんがBCDさんの居並ぶ場所で今Bさんに注目しているといった区別を示すものです
複数の人間を集めて「誰が犯人か?」と探偵が言い当てる直前等、順番に各人物にズームしたりしますね
・心情への接近:何か重大なことを考える(語る)人物へ画面を寄せることにより、視聴者の関心を集中させ想像力をかき立てます
衝撃を受けた人物を大写しにして徐々に寄せたり、誰かが何かを思い出しそうな時にも寄せたりします
・事物の拡大:単純な虫めがねの効果です。ものの一部を拡大して視聴者によく見えるようにします
推理物なんかでは本に挟まった小さなメモにカメラを寄せて視聴者に示したりと多用しますね
・鍵の提示:「注視」に近いですが、物語の鍵となる道具や人物にジッとカメラを寄せることにより、視聴者に特別に印象付ける効果があります
逆に、後々の鍵になるような重要なものを視界に映しながらそれを素通りさせておくことにすると、その後の推理はグッと困難になってしまいます
・遠望や透視:「拡大」に近い考え方ですが、(しばしば登場人物の視点を借り)遠くに向かって目を凝らしたり遠い何かにジッと注意を向ける様を表現します
少しだけ開いたドアの隙間に寄せたり、交差点の向こうで手を振る恋人に寄せたりは、どれも人間の視界をシミュレートしていますね
また、「ズームアップ」には速さによる違いもあり、ジリジリと寄っていくようなズームアップは視聴者にそれだけの時間的な余裕を与えますので、物を考えたり推理したり心情を味わうには適しています。逆に素早いズームアップは、急接近する何かに思わず注視したり(この視界を持つ人物が)これからまさに何かに向かって行くぞという強い決意を示したりと、比較的強くて性急な事情/心情に適しています。
蛇足ですが、この「ズームアップ」が最も基本的かつ最重要である理由は、人間の目の仕組みにあります。人種や年齢により多少の差異はあるようですが、おおよそ人間はその前方170度程度の視界の中にあるもの全てを一応「視認」している上で、その一部に意識を集中することによって「認識」するからです。つまり、人間の目の「見るという行動」そのものがこの「ズームアップ」だと言えます。

◆ズームダウン
実際にはあまり「ズームダウン」の言葉は映像では使わないようで、「引き」とか「引いていく」、人によっては「視界を広げる」等と表現しますが、「ズームアップ」と正反対の技法です。
この「ズームダウン」の効果にも幾つかのものが考えられますが、
・心情の隔離:「心情への接近」の逆で、ある人物との心情的な乖離や距離を感じる時に用います
実際の距離が開いていくことを示すカメラの引きによって、心情的な動き/距離感を共感させるという情緒的な効果があります
・人物の後退;これは最も基本的な効果で、視界の主体になっている人物が物理的に遠退いて行くことを示す基礎的なカメラワークです
ドアをズームダウンすれば扉の前から後退りする主人公の動きを示し、しばしば車窓から覗いた映像で手を振る相手が段々に小さくなっていく様子も用いられますね
・関係の希薄化:言い方はやや難しいですが、ある事物や人物・場所と演者との関係が一時的に薄まることを示すものです
「鍵の提示」の考え方と逆だと思って下さい。後ろ髪を引かれながらも今は諦めるとか、集中していた何かから開放されるとかといったことになりますね
・眺望の拡大:カメラを引くということは物が遠退くのと同時に視界も広がりますので、映像内にはより広範囲の眺望が映されることになります
ある代表的な峰から続いてその周囲の山脈を紹介する時や、その島の周囲は絶海であることを提示する場合等にカメラを引いていきます
「ズームダウン」についても速さによる違いがあり、その差異は上述の「ズームアップ」の場合とそれほど変わりません。つまり、ゆっくりとズームダウンする場合には時間的な余裕があるので、それが後ろ髪を引かれる思いや「いやいやに」「ようやくに」といった具合の心情や様子を示します。

◆ズームアップとズームダウンの組み合わせ
「ズームアップ」と「ズームダウン」を組み合わせて使うこともよくあります。
たとえば、医者があるカルテをジッと見つめているシーン、カルテの中の重要な文字(しばしば「末期癌」だとか「治療断念」のような悲痛な記述)にズームアップしておきつつ、入って来た看護婦に「先生、先生」と呼びかけられてハッと気を取り直す時には、サッとカルテからカメラを引きます。通常の作劇なら、次のカメラではハッと振り返る医者自身を映しても良いのですが、ズームダウンする時間を置くことで、もしかするとこの医者が「いかんいかん、こんなことをくよくよ考えていてもらちがあかぬ。暗い顔など見せてはいられぬ」と思ったかもしれません。このような「集中と開放」の効果としてのズームアップ+ダウンはしばしば回想シーンの前後でも用いられますよね。
逆にズームダウンしておいてからズームアップする場合の例もひとつ。
「じゃあね~」と明るく手を振るわが子に送られて自宅を出るシーン、カメラはやや穏やかにズームダウンして遠ざかる距離感を作り上げていきますが、一転、子供の抱えるヌイグルミに急速にズームアップ、なんてことも。もしかすると「取り上げたはずのヌイグルミをどうして持っているんだ!?」という驚きかもしれませんし、「ややや、いつの間にそんな新品のヌイグルミを!」かもしれませんが、とにかくハッと驚く心情を強く印象付けます。単にズームアップだけするより、一度ズームダウンしかけておいて、と組み合わせて考えることで効果が強まるケースです。
他の組み合わせに、ある機械基盤のABCの各部品に次々とズームする(「3つのボタンが付いているがどれが正解だろう?」)、視界に対してズームアップとズームダウンを繰り返す(頭がグラグラする・視界がぼやけることのややコミカルな表現)、事物や人物に対してズームアップとズームダウンを繰り返す(「このケーキ食べようか食べまいか」「彼女に言おうか言うまいか」)等、色々な使い方が考えられると思います。

今回はレンズを備えた機械であるカメラの、最も基本的な「ズーム」についてのみ紹介しました。
しかし誤解がないようにご注意下さい。脚本家は「カメラを引いたり寄せたり」とシナリオ中に書く必要はありません。原則、「視点が定まらない」とか「頭がグラグラする」とか「○○に注目する」といった書き方をすればOKです。ただ、『自分の書いたその表記や指示が実際に映像化できるものなのかどうか』『それは具体的にどういう映像が考えられるのか』そして『(そのようなカメラワークから構成される実際の映像が)ドラマ内容を的確に伝える行動/構成になっているのか』といったことは考えねばなりませんから、やはりカメラについて知っておくことは重要なのです。
太郎さんはAを見る、Bを見る、Cを眺める、Dを見付ける、とト書で書いた時、ズームアップ、ズームアップ、ズームダウン、ズームアップ、それは何だかちぐはぐでおかしなことになってはいないか? ―――最低限、それくらいの想像力を鍛えるためにも。

※今回紹介した中の「ズームアップ」や「注視」「隔離」等は全て正式な専門用語だということではありません。あくまでも個人的に定義/記載しただけの言葉であり、これらの内容に定まった術語やその統一定義はないと思います。(もしあるのであれば是非とも教えて下さい^^;)
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by genmuki | 2008-10-09 15:33 | シナリオ小話
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