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SPAMメール対策

何となく・・・
SPAMメール対策で導入している「Popfile」というツールを使い始めて、メール受信72000通記念ということで♪

プロバイダ・メールサーバー側に設置して処理をしてしまうSPAMフィルターは確かに便利ですが、何がSPAMと判断され何が誤検出されたのかをクライアントサイドでの確認のしようがないのと、何よりも通常は有料サービスであることを考え、2006年7月に「Popfile」を導入しました。当時スタッフでそういうweb上の技術には通じていたるーん氏の教示でした。

このソフト、要するに最初はパッラパーのパーです。何も知らない白紙の子供
まずは「バケツ」と呼ばれるものを用意します。「バケツ」というのは、メールをどこに分類するかをこのソフトなりに表現したもの。
そして最初は全て1個目のバケツに入るメールを、手動で選択して、「これはこっちのバケツに入れてね」「これはこのバケツのままでいいのよ」「こいつはこっちね」と、おそらく50通ほど、親切に教えてやります。
すると、ユーザーの操作上の結果――つまり、メールにどのような文字列が含まれ、どのような形状のメールであればどのバケツに分類すればいいのか、といったことを自動的に学習していきます。
なかなか賢いやつですね^^ 人工知能とまでは言わないけれど、学習型プログラムとして、非常に優れていると思います。
最初のうちは「じゃあ、このメールはこっちのバケツですね~」とユーザーの意図に反して間違った方のバケツに放り込むこともありますが、それを訂正してやると、既存のバケツ条件と訂正されたメール内容を比較して、ちゃんと選別のヒントを学習します。ソフトがどうしても分類に困ったものは「未選別」として別に分類されますので、これについてもどこへ分類するかを学習させてやればよいというわけです。

ボクの場合は、「Normal」と「SPAM」の2つのバケツを作っており、単純に二者択一にしています。そして、「SPAM」バケツに分類されたものには、メールのタイトルに[SPAM]と入力させ、メーラー(メールを送受信するソフト)の側で、タイトルに[SPAM]を含むメールはさっさと削除してしまうよーに、と設定しています。

72000通記念として、今日の成績データはこんな感じ。

分類されたメール数: 72,000
分類エラーの数: 270
精度: 99.62%

normal 10,673 (14.82%)
spam 61,280 (85.11%)
unclassified 47 (0.06%)  ※「未選別」の意味

要するに届くメールの85%がSPAMってわけやね・・・(涙)
同じメールアドレスを11年も使ってると、いつの間にかこうなるわけですよ^^;

同人ソフトとはまったく関係ない余談でしたが~。
Mixiなんかでも、同人とかでサイトにメールアドレスを掲載しているとSPAMが増えて困る!みたいなご意見もあったので、わざわざ「アドレスの☆を@に変えて下さい」とか書かずに、堂々とSPAMを受信し、なおかつそんなものはさっさと無視してしまうような精神の図太さも必要なのかな、と思ったり♪

るーん氏はこのソフトをかなり古い英語バージョンしかなかった時代から使っており、仕事関係、プライベート、SPAM、同人関係、学友関係等々、たくさんのバケツを利用しているそうですが、利用2年半ほどで、やはり精度は95%を超えているそうです。
「プライベート」と「同人」と「仕事関係」なんて、メールに使われる文字列にそれほど違いがあるのかなぁ?と思いますが、ちゃんとプログラムが分類できているところを見ると、違うんですね☆(微笑)
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by genmuki | 2007-09-27 04:40 | 幻夢騎

シナリオ小話 第5回 説明過多

第5回目の今回は、如何なる場合にもタブー視される「説明」という単語をあえて使ってみたいと思います。・・・あら、これは冒険かしら。(笑)

「説明ゼリフ」や「聞いたか坊主」「ナレーション」に始まり、「後説(あとせつ)」や「前説(まえせつ)」など、シナリオには「説明」に関する単語や用語がたくさん存在します。
それもそのはずでして、一種の限られた時間帯・空間を描写する『物語』なるものは、いわば説明の連続であります。
どこに何があり、それはどのような様子であり、誰が何を思い、何を為したのか―――シナリオとは、これらのことを説明し続ける技法でしょう。シナリオに限りませんね。小説だってそうでしょう。
しかしその中に巧拙が問われるということには、本来は説明文の連続であるこれらの中に、やはり効果的であるものと、視聴者を辟易とさせるものとの2種が存在することの証左でしょう。

先だっての記事では「時計=時刻を知らせる道具」と書きましたが、これなどは、おおよそ説明しないでも通じる、また、いつでも使い易い「説明」です。
「時計を指差す」とあれば、時刻に対する指摘でしょう。
「時計はしないし、見ない主義なンだ」と言うと、「時間(時刻)に縛られたくないンだ」という主張でしょう。

「苦笑」なんて言葉もまた、『心中は複雑きわまりない』という言葉を一言で説明する描写でしょうし、『皮肉る』という意味でも通じるかもしれません。
小説などで「困った顔をしながら笑い声を上げて言うのだ」なんて記載だと、一種の矛盾であるがゆえに、複雑な心中を説明していると言えるのではないでしょうか。
そうするとやはり、「困った顔をしているのに、わざと声を上げて明るく笑って見せるのだ。その心中は複雑に違いない」と説明するまでもなく、「苦笑して見せるのだ」で済むのではないでしょうか。

映像的な意味合いでのシナリオに話を戻しますと、以前、シナリオ学校の若い学生の方々が批評してくれとたくさん脚本を送って下さった中で、とにかく説明過多が目に付いたわけです。
覚えている限りですが―――

人物A「任せて下さい。腕力には自信があります」
 と、近くのコンクリート壁を殴る。崩れる。

だとか、

人物B「そうだったのか。それは非常に残念だな」
 とCを見つめる。途中で淋しそうに目を伏せる。

だなんて表現が多いわけですが、

『近くのコンクリート壁を殴って崩す』ということは、超人的な腕力が備わっていることのディフォルメなのですから、壁を殴り崩して見せてから、「任せて下さい。ふふふ」と言えば済むのでは?
また『相対する人物を見つめながら言葉の途中で目を伏せること』は、それ自体が何かしら寂寞の想いを想起させる行動なのだから、「残念だな」と陳述させるのではなく、「そうだったのか」あるいは、「そうだったのか。不幸と言ってはこの場合は適切でもなかろうが」などのように、「淋しい」という直接的な表現は避けた方が効果的だったかもしれません。

おおよそ誰にも分かりやすい行動・描写によって説明できることは、セリフやその直後の文章で説明はしない。
これは「これで通じたはずだ」という確信がなければ出来ないことなので、多少の勇気というものが要求されますが、話のテンポを良くするためには、重複の「説明」を避けるべきところなのではないでしょうか?

小説などで言えば、「まったく辟易するよ」「はあ・・溜め息しか出ない」は2重の表現ですネ。
「雨はひどく冷たい」と書けば、寒々しい心理や、空虚な気持ちのシンボル(象徴)として受け取られるに違いない。
他にも、詩などでは「悲しすぎて」「涙も枯れる」は2重表現です。
シナリオに関して言えば、「ウィンクする」とか「Vサインして見せる」には、それぞれに象徴的なイメージがあるので、それを受けて「嬉しそうだ」とか「得意気だ」なんてセリフを書いてしまうと、やはり説明過多になってしまいます。
相手がVサインして見せたら、通常それは「任せておけ」とか「やったね」という意味なのですから、これに対するリアクションを書くべきでしょう。

セリフも説明であれば、行動も描写も、また説明である。
説明の連続であるがゆえに、同じことを2回以上説明するのはヤメましょうね、ということでしょうか。
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by genmuki | 2007-09-26 04:04 | シナリオ小話

シナリオ小話 第4回 切り取り

4回目の今日は、「切り取る」ということについて考えてみたいと思います。
しばしば映像の世界は『四角く切り取られた世界観』と表現されます。
しかしこれは画面が四角であることだけを指している言葉ではありません。
小説にしたって、報道にしたって、シナリオあるところに「切り取り」あり。

簡単に「切り取る」とはどういうことかを説明しておきましょう。これは逆に考えると分かりやすい。
「切り取られていない」世界観とは、背景があって、前景があって、匂いがあって、風まで吹いて来る渾然一体の現実。
比して、「切り取った」とは、その現実の一部を描写したり強調したりすることであり、一部を意識的に欠落させたり、全部を表現することを諦めたりすることです。

シナリオにおいては、「切り取る目」というものが大事になって来ると思います。
―――何のどこをどう切り取って視聴者に提示すれば、何がどのように伝わるか。

シーンAでは、主人公の侍が酒を飲んで店内で暴れる。
シーンBでは、主人公は肩がぶつかったとケンカをする。
シーンCでは、主人公は遂に刀を抜いて八丁堀に斬り掛かる。

こうなって来ると、これは時代劇の武侠物か無法物でしょう。
主人公は荒くれでケンカ早く、官憲なんてクソくらえ。
しかし、同じ主人公に、次のようなシーンを用意しますと・・・

シーンDでは、主人公は旗下同心だが同僚から裏切られお家断絶。
シーンEでは、主人公は自分には勇気も度胸もないとメソメソ泣く。

こうなって来ると、今度は主人公の侍という人物の見方がもう少し複雑になる。
たとえば、本当は正直者で臆病者なのだけれど、裏切られてお家を断絶させてしまったことから自己嫌悪に陥り、ヤケを起こした男だ、といったような見方が出て来ます。

当然「現実としてあったこと」の中には、この侍が小便をすることもあれば、風呂に入ることもある。着物に泥がハネて「まいったな」と言うこともあれば、座敷に刀を忘れて立ち上がりかけたこともあるかもしれない。
こんな主人公の侍の、どの部分をどのように切り取って示すか―――それがまさにシナリオだ、物語作りだ、と言えるでしょう。

先日、まったくこの業界とは関係のない世界で仕事をするボクの兄弟の一人が、こんなことを言っていたそうです。
「ニュースで流される情報って、切り取り方次第でまったく別物なんじゃないのか」と。
そうです、正解。まさにその通りなんです。
この「切り取り」については、シナリオライターであるから知っておかねばならないのではなく、常識人として必ず知っておいて欲しい内容です。

まだ記憶に新しい厚生大臣の「女性は産む機械」発言。
この発言自体に対する賛否はともかく、ボクはこれを報道するマスコミの「切り取り」の悪意には憤懣を禁じ得ません。これはシナリオ技術の濫用だ、悪用だ、と。
そもそも、この発言は、

「機械って言っちゃ申し訳ないけど」
「産む機械、装置の数は決まっているから、あとは一人頭で頑張ってもらうしかない」

との発言を受けて、まさに「切り取り」の効果を感じさせる一件でした。
あるモノを別のあるモノにたとえて話をしようとした際、きちんとそれを断った上でたとえ話をしていることは、事実、相当の悪意があると思える場合を除いて、私たちは毎日のように普通に使う日本語です。
この発言自体はもっと長いものでしょうが、その中で何を「切り取る」かによって、彼の発言の内容をどのように視聴者に伝えるか、何とでもコントロールできるわけです。

「産む機械、装置の数」

これだけを切り出せば、本当に「女性は産む機械なんだ」と言ったように思えます。

「機械って言っちゃ申し訳ないけど」「頑張ってもらうしかない」

ここを切り出せば、割と普通に「世の中のお母さんも大変だろうけど頑張って!」というエールに聞こえるかもしれない。

ある人物の発言の、ある人物の一生涯の、ある事件のある部分を、どのように「切り取って」提示するかが、シナリオの根幹技術なのです。
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by genmuki | 2007-09-20 03:15 | シナリオ小話

近況とかとか

たまにはサークル「幻夢騎」の近況を報告しないと、ブログ設置の意味が問われますね・・・
というわけで、皆さん、こん**は。へっぽこな代表・おおやぎです。

さて、「近況」と書いたはいいですが、現在は商業の方のお仕事で、美術監修を持ち、シナリオを2本持ち、10月上半分にはさらにもう1本のスポットです。この9月中にできる限り頑張っておかないと!という状況なのですが....
すでに制作が進んでいるような進んでいないようなサークル「幻夢騎」の作品群に関しては、毎度の通り、着手しているものは多々あれど、それぞれにそれぞれのスタッフさんのご都合・ご多忙などなどで、相変わらずの亀進行です。

そういえば、過去の幻夢騎の同人ソフトも「斬羅鬼」などがケータイアプリとして配信されておりましたが、今度は「お・な・に」がケータイアプリとして配信の予定だそうです。
(実はそのへんはデータだけパブリッシャーさんに渡して、リリースのタイミングとかはお任せしているので、特に「予定」ということを知らない状態なんですが^^;)
決して作品の扱いをぞんざいに・・・というつもりはないんですが。
ただ、あくまでも同人だし、親しくしてくださっている各パブリッシャーさんや流通さんの方で、「これ、いいですね! ○○に使わせてもらっていいですか~」みたいなお声掛けがあれば、「是非ともどうぞ!」状態なんですね。
作品に対してこんなのんびりしたスタンスを取ってたら、商業ではすごく怒られそう・・・(汗) 「他メディアへの展開はどーなってるんだー!」「移植の話は進んでるのかー!」と・・・怒号が飛んで来ますよね...

仕事の合間にサークル作品スタッフの皆さんと色々と連絡を取り合いながら・・・
ちゃんと新作が出せたらいいナ♪
いや・・・出さないといけないから、本業のお仕事も頑張るですよ>w<
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by genmuki | 2007-09-14 01:00 | 幻夢騎

シナリオ小話 第3回 セリフのウソ

第3回目は「セリフのウソ」ということでいきましょう^^

中にはパントマイムという技法もありますが、現在、脚本は主に行動と言葉(セリフ)を用いて表現される人物劇です。これは戯曲でも報道でも歌劇でも、あるいは小説でさえこの通りです。
そこでセリフについて、特に「セリフがウソ」であることに注目してみます。

有名な新井一先生著「シナリオの基礎技術」でも記され、ジェームス三木氏のシナリオ講座でもよく言われるように、『しばしばウソのセリフが効果的』なのです。そしてこの逆も言えます。

誠史郎「ボクはタコ焼きが好きだ。大好きなんです」

こう言わせると、誠史郎はタコ焼きが好物だという事実は伝わります。しかし、これでは何となくウソっぽいし、何よりも味がない。
だからこそ、作劇の世界では、たとえば次のようにするのです。

誠史郎「タコ焼き? 別に好きじゃあないさ」
 と、横目で明子の食べるタコ焼きを見て生唾を飲む。

誠史郎「タコ焼きだって? ふん。そんなもの!」
 と、横目で明子の食べるタコ焼きを見る。
 誠史郎の腹が鳴る。慌てて横を向く。

何らかの理由があって強がってみたものの、それは誠史郎と明子のドラマなのです。
誠史郎がタコ焼きを好くという事実はきちんと視聴者に伝わるものと思います。
誠史郎がセリフの中では「タコ焼きなんて好きじゃあない」と言うからこそ、誠史郎がタコ焼きを好く真実味が増すのではないでしょうか。

明子「私は健三のことが好き。大好きなの! 愛しているわ。私は健三さんだけを愛しているんです。好きで好きでたまらないわ」

5回も「好き」「愛している」と繰り返した熱烈な告白ですが、実際には実にウソくさい。
どうしてでしょう。ボクたちは本質的に『言葉にはウソがあること』を感じ取っているせいでしょうか。

明子「健三さんのこと?(しばし無言)今は好きでもなんでもないわ!」
 と、顔を伏せて唇を噛む。

おそらくこの方が、明子がどれほどに健三のことを好きでいるか伝わるのではないでしょうか。

この辺の『セリフのウソ』を漫画で上手に使って軽妙な人間関係を描いている作家に、あだち充氏がいます。

「てやんでー。誰がおまえの裸なんかに興味もつか」
けれど次のコマでは、女子更衣室の壁によじ登ろうとしている。
それをヒロインが見つけて、
「ふーん。本当に興味なさそうね。まったく、全然」
「ちっとも興味ねーよ。そうだな、うん」
そして主人公、スゴスゴ退場。

たとえばこんな感じ。どのセリフもウソばっかりです。
主人公がしっかり覗きをしようと行動しているのに、セリフにはウソばかり。だからこそ面白い。

今回は例示ばかりでしたが、言いたいことは分かって頂けたでしょうか^^
時にセリフはウソである方が面白いんですよ、ということですね。
最後にもう一例。

ある侍、病身の妻を連れ各地を流れる浪人生活。
この侍、かつては名うての使い手であった。
「ねえ、あなた。もう果たし合いなどおやめ下さい。もうよいではありませぬか」
静かにそう言う妻に対して、
「分かっている。今の私にはおまえしかおらぬ。おまえをひとりにしてはおけぬ」
優しげに微笑んで、手入れしていた刀を鞘に納め、妻の髪を撫でる。

―――さて、この侍、未明、果たし合いに出かけるや否や?
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by genmuki | 2007-09-12 15:41 | シナリオ小話

シナリオ小話 第2回 表現の過・不足

今回は「短いセリフから読み取る」ことに焦点を当てつつ、最近自身も体験し、また同業の同輩からも聞いたひとつの問題を紹介しましょう^^

一般に脚本は人物や情景の動きを描くことによって物語の経緯を語るものです。
つまり、小説や論説では――

彼は焦っていた。

――と明確に書くところ、映像ではどのように表現するか?
たとえば――

誠史郎「(机を何度も指先で叩きながら)まだか・・・っ?」

――このように書いたり、

誠史郎「どれだけ待たせるのだ!(タバコを灰皿に押し付ける)」
   灰皿には吸い殻が山盛りになっており、誠史郎が吸い殻を押し付けるとこぼれる。

――このように表現し、その場の人物のセリフや行動、その行動を受ける無機物の描写から、その心情や状況を描写するのです。

しかし昨今、主にライトノベルと呼ばれる分野や、あるいはゲームなどの若年向きの文章表現分野で、これらのいわば脚本家が‘視聴者の想像力’に依存する部分の表現が難しくなっているように思われるのです。
次の2つのセリフのやり取りを見て下さい。


真吾「ほら、時計。いいのか?」
悟「うわ、やばい!ごめん、話の途中だけど」


皆さんはどう想像されましたでしょうか?

誰かが「時計」と言えば、それは壁にかかった時計を指差すなり、自分の腕時計を相手に見えるように示したに違いないわけです。
そして、時計とは基本的に時間を教える機械です。
つまり真吾は‘時刻について’「いいのか?」と問うたことが分かるでしょうか。

ひるがえって悟のリアクションです。
「やばい」とは何を指して表現したのでしょうか? ―――そう、「時計」によって知らされる「時刻」について言及したのです。彼にとっては「やばい時刻」であったわけですネ。
すると「話の途中だけど」とは、どういう意味でしょうか? ―――それは「時刻」を受けて、おそらく話の途中だけど出かけなければならないとか、そのための何かの準備をしなければならない、ということでしょう。そのために「ごめん」と謝罪して話を中断する旨を示したのですね^^

こうして解説を加えた後で恐縮ですが、つまりこの2行のセリフの中に、

・悟には“ある時刻”になると為さねばならない(A)ことがある
・真吾は悟にA事情があることを知っている
・現在の時刻はAに迫っている
・真吾と悟は何かを話していたがそれを中断した

―――ことが分かります。
さらに言えば、

・話の途中でも悟の事情Aに気を遣った真吾は冷静な人物である
・現在の真吾と悟の話題(B)よりは事情Aの方が重要である
・しかし悟はBも大切と考えているので謝罪した

―――と読み取ることができます。

さて、近頃の表現では、この2行を、端的に言うと『意味が分からない』とされる向きがあるということです。これが本日の本題でしょうか。

・どうして時計がやばいの?
・「だけど」止めのセリフの後に何が続くの?

・・・もし貴方がそのように感じたのならば、是非とも自らの想像力を鍛えることを進言したいと思うのです。

最後に皮肉の意味を多分に込めて、最近のライトノベル風(あるいは初心者脚本)の表現を記しておきましょう。

真吾「ほら、時計を見ろ。もう3時だぞ。約束が4時だと言っていたけれど、いいのか? お前が待ち合わせをしている渋谷まではここから1時間以上はかかると思うぞ(時計を指差す)」
 真吾が指差した壁の時計の針は3時5分を指している。
悟「(時計を見て)もう3時過ぎじゃなないか! これじゃ約束の時間に間に合うかどうかの時間だ。ごめん、話の途中だけど俺はすぐに出かけるよ」
 と、悟は席を立って上着を羽織った。
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by genmuki | 2007-09-05 03:07 | シナリオ小話